落語家 桂米朝

 落語家の桂米朝師匠が亡くなられました。ファンの一人として、心からご冥福をお祈り申し上げます。
 東京では円生、小さん、上方では米朝、小文枝、松鶴の各師匠がご活躍の時代に、高座に行くことはできませんでしたが、ラジオやテレビを通じて楽しませていただきました。聞くにつれ興味が広がり、円生、志ん生、文楽、小さん師匠から、当時はなんと若手に見えた志ん朝師匠をよく聞いていました。円生師匠の首提灯など、烈しい江戸っ子のたんかに、師匠に怒られたら怖いだろうなあと思ったりしました。小さん師匠は、とても普通な芸で、当時はあまり理解ができず、剣道の達人など他の面での印象が強くありました。普通のことを普通にやってみせるというのは、実は大変難しいことだということに気がついたのは結構後のことです。
 文楽師匠や円生師匠を例にとるまでもなく、共通語で語る東京落語は、自然に綺麗に聞こえるのに対して、関西弁で語られる上方落語は、一般的にはどこか泥臭く感じたものでしたが、米朝師匠の話はそんなことは微塵も感じさせず、考えれば当たり前なんですが、上方だって上品なことを実感させくれました。上品で綺麗なのに親しみやすく面白い。これほど素晴らしいことはないと思います。お弟子さんの桂枝雀師匠も大ファンなのですが、正反対の芸に見えて、ところどころで出てくる米朝師匠の語り口に、ああお弟子さんなんだなあと好ましく感じていました。
 ファンだった噺家さんが次々と鬼籍に入られ、特に期待していた志ん朝師匠と枝雀師匠が亡くなられたのは大ショックで落語から離れてしまいましたが、米朝師匠がご存命だったのが救いでした。その師匠も逝ってしまわれたのは寂しい限りです。カセットテープを引っ張りだして師匠を偲んでみたいと思います。重ねてご冥福をお祈りいたします。(H27.3.22)【弁護士 森川】

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